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大浦天主堂を後にして次は「日本二十六聖人殉教地」へ。
「二十六聖人」とは、1597年大阪と京都で捕縛され
はるか長崎まで見せしめとして送られ
西坂の丘で十字架にかけられ殉教した
外国人宣教師と日本人信徒26人のこと。

P2120075.jpg


遠藤周作の「切支丹の里」によれば
26人は十字架上で聖歌を歌い、あるいは神の道を説きながら
刑吏がその脇腹めがけて突き刺す槍を受けたそうです。
その中には3人の少年もいました。
1862年、26人は聖人に列せられ
その100年後に写真の記念碑が造られたのです。

隣接する記念館に行ってみました。
入口には「愛は死よりも強し」という碑がありますが
1981年、ヨハネ・パウロ2世がここを訪れた時に
残したメッセージの一節です。
館内は殉教者の遺物や資料、隠れキリシタン関連のもの、
マリア観音やピエタ像などが展示されています。
ひとつひとつじっくり見ていると胸がつまり
殉教者の悲惨な最期を思うと
眩暈がするような感覚に襲われますが
よく見なさい、という声がする気がして。

そして思い出しました。
「沈黙」に出てくる「強い者」と「弱い者」の話。
信仰を貫き殉教する者に対して
死の恐怖におびえ、踏絵を踏んで改宗させられ
それでもなお、キリスト教を捨てられず
見つかることに怯えながらも、観音像をマリア像にみたて
祈ることを止められなかった「弱い者たち」。

「沈黙」で司祭が踏絵を踏む重要なシーンを思い出しながら
踏絵に使われた銅版をぼーっと眺めていました。
これを踏んだ人たちの心は、どんなに痛んだことでしょう。
「お前の足の痛さを私が一番よく知っている」という
「沈黙」の一節を、「銅版のあの人」の言葉を、
繰り返し繰り返し、心の中でつぶやいていました。

最後に「記念聖堂」に入りました。
このチャペルは、今も使われているようですが
誰もいなかったので、失礼して・・・・・

P2120089.jpg


かわいいチャペルです。大きくはありませんが
あたたかいぬくもりを感じました。

P2120085.jpg


聖堂の入口の向こうに見える山に、大きな観音さまが立っています。
その周りには、仏教墓地が広がっているし
小さな教会もあちこちに見られますが
不思議に風景がマッチしています。
いろんな宗教が、昔から仲良く暮らしているのですね。
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