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アントニオ・ガデスを知ったのは大学生になってまもなくの頃。
高校の友人、ほみさんと一緒に新宿へガデスの映画を見に行ったのが
きっかけです。
「血の婚礼」と「カルメン」の二本立て。
今思えば、何て贅沢なプログラムだったのでしょう。

スペイン音楽に興味はあったものの、フラメンコを見るのは
この時が初めてでした。

・・・・・その時の衝撃といったら!

まず、フラメンコ独特のコンパス(リズムのようなもの)に心を奪われ
ギターをかき鳴らす音、心の底をさらけ出すように歌うカンテ(歌)。
そして何より、ナイフのように鋭いアントニオ・ガデスの踊り。
彼の刻むサパテアード(フラメンコのステップ)は正確で激しいけれど
突然ピタッと鳴り止み、静寂が流れ出す。
ギターの音も、パルマ(手拍子)の音もしない中で
彼はゆっくりと両手を天高く届くほどに上げていく・・・・
静寂の中にも確かに流れているコンパス。

アントニオ・ガデスが両手を上げるだけでそれは踊りになり
彼が舞台に立っているだけで、フラメンコのリズムを感じさせました。

・・・・・夢中になりました。
ガデスの持つリズムに、ガデスの刻むサパテアードに。
映画を観た後、多くの人たちがそうしたように
私もタタタン・タタタンと靴音を鳴らしながら帰ったのです。

数年後、私は念願のフラメンコのレッスンを開始しました。
ガデスのように踊りたい、それは無理でも
ガデスの刻むリズムを感じて踊りたい。
映画を観てからずっと願いつづけ、やっと実現したのです。
ガデスの与えた影響は大きく、「カルメン」の日本公演以後
フラメンコ人口はジワジワと増えていきました。
私がはじめた頃は「フラメンコを始めたきっかけは?」の質問に
10人中7?8人が「アントニオ・ガデスを観て」と答えていたのです。

フラメンコを始めたばかりのあの頃、鏡を見ながら
自分の前にアントニオ・ガデスを感じ
自分の隣にクリスティーナ・オヨス(長くガデスの相手役を務めた女性舞踊家)を感じていました。
「踊るという翼」をもらって、それを自由に羽ばたかせた幸せな時間でした。

フラメンコを8年続け、諸事情により3年半ほど休止していました。
フラメンコを、ガデスを気にしながらも
私はその間ベリーダンスを夢中で習っていました。
ガデスが亡くなったあの日、私のもとにフラメンコはなかったのです。

これをきっかけに、フラメンコを再開することになるのだろうか・・・
答えを求めるため、彼の死を知った夜に
ビデオで彼の映画「カルメン」を観たのです。
彼は私に何というメッセージをくれるのだろう。

それはあのシーンでやってきました。
カルメンとホセ役のガデスが二人きりで練習するシーン。
「オレを食ってみろ!お前はカルメンなんだぞ!」と叫ぶシーンで
聞こえてきました。

「きみは、踊っていなければならない。どんなダンスでもいいから」

涙が止まりませんでした。
ベリーダンスは笑顔で踊るダンス。
その時の私に、踊りながら笑うなどということは、考えられませんでした。
ではフラメンコをもう一度踊る・・・・?

私の答えは「NO」でした。
なぜなら私にとってフラメンコとはガデスであり
私の踊りたいと願うフラメンコは、もうこの世にはないと思ったからです。
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